社長の思い

“くじけないで” 百歳のおばあちゃん詩人 柴田トヨさんのメッセージ

奉公 戦争 結婚 出産 貧しい生活
いじめられたり 悩んだり
辛いこと 悲しいことも あったけれど
空は 夢を育み  花は 心に潤いを
風の囁きは 幾たび 私を 励ましてくれたことでしょう
あっ という間の九十九年 ・・・

 『浮き沈みは激しくても、これまでどうにか無事に過すことができたのは、何でも一生懸命にやる質だったからかもしれません。人生、やっぱり誠実に生きるのが一番ですからね。そうやって、この手で働いて百年。無我夢中で生きてきました』
(柴田トヨ『百歳』より)
 歩まれた長い人生の道のりには私たちの及びもつかない辛いことや苦しいこともあったと思いますが、生来の豊かな知性と前向きで明るい性格などが幾多の艱難を玉に変え、磨き上げられたやさしさと暖かさが柔和な笑顔を造り、勇気と励ましの言葉を紡ぎ出しているのではないでしょうか。
 人も組織も社会も、様々な困難や艱難が強い土台を造り、逞しく成長させてくれるのではないでしょうか。
 例えば、2008年9月 リーマンショックが突然に襲い掛かり、多くの会社が大混乱に陥り、会社倒産も空前の数に上ったことは皆さんも記憶に新しいことでしょう。 そのとき当社は何を学び、どんな教訓を今に活かしているか、
  (1) 顧問税理士から“今すぐに出来るだけ多くの借入れをし、何が起こるか分からない事態に対処できるようにせよ!”というアドバイスに従い、直ちに銀行と折衝し国の制度融資を受けることができました(実際には6年間の内部留保があったので幸いにも融資に手を付けないで済みましたが、現金保有の重要性を教えられました。 内部留保拡大と財務体質向上は安定経営の要 )。
 (2) 2009年1月から月を追うごとに契約終了通告が増加し、新年度に入っても一向に回復する兆しは見えず、毎月の赤字決算と累積赤字額の大きさに最悪シナリオを考えながら経営を続けるあり様でした。営業を増員して顧客回りに奔走しても効果はなく、不稼働状態にあった方々も大いに心配されたことでしょう。顧客との信頼関係の強化=組織的かつ密接な営業活動と社員力量の向上が基本であることを再認識し、それ以降本社では毎日営業会議を実施し、状況把握とスピーディな対策を採るようにしています。
 逆に80年代はJapan as No.1と世界中からもてはやされ好景気に酔ったバブル景気とその崩壊から何を学び、何が強くなったのでしょうか。当時を知らない人も多いかと思いますが、若者達は夜な夜なディスコで踊り明かし、利に聡い人たちは投機に走り、行き着くところはバブル崩壊、個人も企業も掴んだ不良債権と莫大な借金にあえぐ始末でした。踊り明かし、あぶく銭を追い求めた時代は教訓どころか、失われた10年とか失われた30年と言われ、景気対策に注ぎ込んだ税金はいまや千兆円に及ぶ国債残高となって国の弱体化を招いています。
 私自身のことを振り返っても若い頃の力量不足と経験不足が歯痒さ、悔しさ、落胆に繋がることが多々ありましたが、 『人に出来ることが自分にできないはずがない』と自身を叱咤激励しながら目の前の課題にチャレンジした時代が一番成長したように思います。 徐々に大きな仕事を任せてもらえるようになり、やがて数百~数千人月規模の大規模プロジェクトと問題プロジェクトの建て直しが自ずと私のところに回ってきました。その時、私は「何故いつも自分なの? 少しくらいは楽させてくれよ!」などと疑問やケチな発想は抱くことなく、むしろサラリーマンは期待されているときが“花”という気持ちで取組んできました。予期せぬ問題発生はつきものですが、絶対に解決できるという強い気持ちで思考を巡らせれば必ず糸口が見えてきたように思います。“若いときの苦労は買ってでもしろ!”の通り、仕事を選ばず、そして沢山仕事をすることが力量アップの源泉になると思います。   皆さんも業務やプライベートの世界でも様々な困難や苦労があると思いますが、 “くじけないで”何でも一生懸命に取組まれると、その集積が知恵になり、人としての強さになり、そして前向きな力が湧いてくるはずです。
 少子高齢化、需要の減少、政治システムの劣化がもたらす国勢停滞、それらが将来不安へと繋がり、気持ちが萎えそうになるのは理解できます。 しかし、我がIT働楽研究所グループは周りのマイナス要因をあげつらうのではなく、そこを出発点として 知恵をひねり出して如何に成長していくか、待ち受ける課題を組織力で解決していくという強い気持ちで前進しましょう。皆さん一人ひとりとIT働楽研究所グループは“くじけない”気持ちをもって新しい年も頑張りましょう。必ず良いことが訪れますから。

2011年12月